「ファー・イーストに住む君へ」

----いわゆる,連作エッセイ? って感じでしょうか?   top   
-1- 1996年,川崎医科大学 研究ニュース 留学報告-i
-2- 1996年,川崎医科大学 研究ニュース 留学報告-ii
-3- 1996年9月 川崎医科大学附属病院 病院広報 「海外の医療事情」
-4- 1997年 冬 川崎学園便り「すずかけ」随筆
-5- 1997年 春 川崎医科大学附属病院 病院広報 「一冊の本」
-7- 1997年 夏 川崎医科大学 同窓会報 助教授就任の挨拶に代えて
-8- 1997年 秋 川崎医科大学 父兄会報 助教授就任の挨拶に代えて
-9- 1997年 秋 川崎学園便り「すずかけ」随筆
-10-(含:-6-) 1999年 初春 川崎医科大学衛生学教室 同門会誌


ファー・イーストに住む君へ−8−

コンジェスチョン−春−

                衛生学助教授 大槻 剛巳   本学第6期(S.56年)卒

病院棟から校舎棟へと向かう渡り廊下一杯に溢れんばかりに感じさせる櫻花の香にも,手を伸ばせば触れ得る筈の木肌の感触を体現出来るわけもないほどに・・・・思い出すという行為に必要な時間も惜しむように幼少の記憶の断片は(アポトーシスと呼ばれる細胞死が自らの DNA を幾何学的なほどに美しく断片化することが周知となった今,我々の記憶のアポトーシスはやはりその死と同義として定義付ければいいのであろうという想定からは,それならば意識の空間を飛び回る,道程を確認するかのごとき記憶の浮遊は自らの過去にアポトーシスを誘導するばかりではないか,記憶のフラグメンテーションからは何ら創造という語彙に映しだされる何物をも産み出せないのではないか,というあまりにも脆弱な概念しか浮び上がってはこない),幼き指先の記憶として蘇る田植を待つ土壌の期待,畔の雑草の憤懣,発芽する若枝の高揚,蝸牛の固くはかない殻,真白い蝶の確実な鱗粉,無花果の実の混沌,蛙の肌の陰湿,あるいはそれら総ておしなべて今や郷愁と云えばあまりにも安直な感傷でしか,干渉でしかない失われた情景を,瞬時にめくるめく速度で,しかし具象化してゆく前に消失させてもいるのだが・・・,この薄白い皮膚と陽光を隔てる尊大な硝子の厚さが物語られており,白衣に包まれた痩身には地球の意志としての重力をあまりにも感じさせる講義用のプリントの重量に,投げ出したくなるこれからの90分を如何に経過すべきかという,あたかもこの事態が表出するまでは全く意識し得なかったにも拘らず緊急に抽出されることとなった命題のような思念が,煩雑な日常を凝縮するかのように浮遊してきて,それでも困惑と恐怖と畏怖と保身を蔑む前に,窓のない,即ち時間の経過も世俗の意識も切り取った,まるで悪戯に徒らに培養され続ける腫瘍細胞が安住する孵卵器の,過度な栄養と湿度と暗闇と二酸化炭素をそのまま学生達に与えるように建築されたが如き大きな階段教室への道のりを,それでもこれも仕事だと諦観することもないままに,また一歩踏み出そうとする訳なのだけれど,大気汚染や公害の事象や作業現場での環境整備などを映し出すスライド用のスクリーンの表面の,その一枚一枚が入れ替わる瞬間の漆黒の中には,綿々と継承されてきた今日の講義の内容もまた,この大型の孵卵器の片隅に蹲踞し醗酵し熟成し,いつのまにか有られもない姿態を形成しつつあることが意識下に伝播されてくるようであるなら,若人達もまた眼前の試験を厭うこともなく,ひいては数年後の資格試験でさえ遊興の快楽とヴァーチャルな戦闘のなかでの1カットとして搾取しさえすれば,凡庸な青春をけれんみの無い日常へと向上させ,対意語としての熱中と集中を獲得できるであろうという願望は,これもまたアポトーシスに陥った自らの青春へのレクイエムと云わば,その記憶のフラグメンテーションさえ卒業アルバムに至適に焦点のぼやけた写真に残る長髪の神経質そうな若者への弔辞でしかなく,それが今,渡り廊下と満開の季節を遮断する広大な硬質な硝子の尊大さをそのままに若人達に教授しようとしていると云う事実に,再び今回は確実な心理の動揺としての嫌悪と諦念と一縷の恐怖を確認してしまうけれど,逃避すべき安住は現存の生活の中にしか埋没しえていないことへの肯定と認識は,更なる講義室への一歩をあまりにも安易に紡ぎ出すことに慣用を見い出しており,早朝からの実験の結果への予測と結果に基づく次なる実験への仮定の構築に,すくなくとも心理だけは侵攻していくことで,安定を保っていることを意識し,それもまた繰返しの中で一定のサイズのフラグメンテーションを反復しているに過ぎないことを露に表現しているのであれば,それは確実に欝滞,硝子の外への飛翔を的確に防御するのだ.そうか,これは,この欝滞こそが逆説としての精神の安定の唯一の供給源なのだと理解することで,僕はふたたび項垂れもせずにその中に紛れ込んでしまおうとする.コンジェスチョン.過去は消失しているのか.